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質問の件

 投稿者:匿名  投稿日:2011年 8月20日(土)22時29分23秒
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  はじめまして。掲示板を見させていただいている者です。ひとつ教えてほしいことがあり書き込みます。仏教にはズブの素人なものでおかしな点はどうかご斟酌願います。質問は、阿弥陀仏というのは結局のところ何ですか?というものです。非神話化してお答えください。大無量寿経の神話では、阿弥陀仏は元々一人の王ですよね。人です。それも超人とかではない。神の子とかではないですね。彼は説法を聴いて出家し法蔵比丘と名乗ったとか。梵語のアミタ云々の意味では無量の寿命、無量の光明ですから人間の思議を超えたもの、超越的な何かを示すことになりますね。歴史的には人間的・相対的なものでありながら名称においては超越的なものであるという二重性が阿弥陀如来にはあるということでしょうか?まるでキリストのようですね。どちらにせよ一神教の神のような絶対者ではないですが。そもそも仏というのは人間ですよね。お釈迦さんの心を人格化し形に彫ったものか、お釈迦さんのように悟った人をモデルにしたものかは知りませんが人間的なものですね。人間を超越した存在ではないですよね。でもそんな相対的な偶像を拝んでいるのが仏教徒ですね。これはどういうことだろうと思うのです。大日如来は宇宙の中心で神のような存在ともいわれますが、仏一般は人間的ですよね。人間が手を合わせて拝む相手は人間を超えた存在でないとおかしいですよね。おかしいとは思われませんか?とりとめのない質問で恐縮ですが、これらの点について、阿弥陀仏との関係も踏まえて、どうか非神話化してお答え下さい。  
 
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