teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


提出課題について

 投稿者:08ks1109  投稿日:2008年 7月31日(木)23時02分12秒
返信・引用
  08ks1109です。

私も提出しています。
7月7日に提出しているので確認お願いします。
連絡が遅くなってしまい申し訳ありません。
 
 

課題提出について

 投稿者:08ks1313  投稿日:2008年 7月30日(水)14時25分22秒
返信・引用
  08ks1313ですけど
さっき掲示板の確認をしまして自分の学籍番号が載っていたんで
自分は7月12日に提出していると思うのですが、確認お願いします。
掲示板の確認が遅く、連絡が遅れてしまいすいません。
 

ここまでで提出終了?

 投稿者:竹尾茂樹メール  投稿日:2008年 7月26日(土)23時31分26秒
返信・引用
  私の手元のチェックで、5回以上の講義出席をしながら、この課題に応えていない人は以下の通りです。

07KS1033、07KS1047、08KS1099、08KS1109、08KS1113、08KS1125、08KS1160、08KS1181、08KS1219、08KS1266、08KS1278、08KS1297、08KS1313

「皆勤賞」で頑張ってきた人も混じっていて、どうしたのかと心配です。出したけれども漏れていると言うこともありますから、もしも提出していたならその日時を急ぎ知らせて下さい。
 

身近に存在するジェンダーバイアス

 投稿者:07ks1123  投稿日:2008年 7月18日(金)01時54分7秒
返信・引用 編集済
  皆さんご存じの通りこの漫画、ドラゴンボール。見ての通り、この絵には女性が出てきません、全て男性です。これは1枚の絵にすぎませんが、他の絵もほとんど男性のキャラクターしか映っていません。ご存じだと思いますが、ドラゴンボールは様々なキャラクター同士が体を張って闘いあうストーリーです。ここで分ることが一つ、このストーリーの中で戦うキャラクターは殆どが男性です。女性で戦うキャラクターも登場しますが、その機会はほとんどありません。これから分かることは、体を張って闘うような暴力的な行いをするのは、やはり男性であるというジェンダーバイアスだと思います。女性はこのような激しい暴力行為はしない、してはいけないといったようなメッセージが伝わってきます。
 第二に女性キャラクターは男性を支えるというサポート役になってしまっています。戦いの上でサポートするという形ではなく、もっと役目が少なく、物語が進む上での助言、アドバイスをするといった役と言った方が適切でしょう。明らかに男性のキャラクターよりも出番が少ない、それは、この漫画が男性向け、男性主体という概念があるからではないでしょうか。というのも、闘って肉体的に傷つくのもほとんどが男性、こういう戦うという場面、状況はとても男らしい、こういう男はかっこいい、男の世界だというメッセージがあるからだと思います。こういうものを築き上げることによって、男性の魅力、あるべき姿などを伝えているのだと思います。
 ここで考えなくてはいけないのは、かっこいいというのは男性だけなのかということです。例えば、スポーツをやっている女性、この人たちはかっこよくないのでしょうか、かっこいいという魅力はなのでしょうか。この一点をとらえて考えても、この漫画は女性のかっこよさをあまりアピールしていないように思えます。確かに女性の戦闘シーンもありますが、男性に比べてみれば圧倒的に少ないです。結果的にはかっこよくて強いという魅力を持っているのが男性で、美しくか弱いという魅力を持っているのが女性とこの漫画から読みとれます。
漫画というのは誰もが楽しめる身近にある物の一つであり、こんなにも身近にあるものの中にもジェンダーバイアスというのが存在します。ドラゴンボールだけではなく、探して見れば他にもこう言った漫画が見つかるかも知れません。ドラゴンボールとは逆に、女性が主人公、男性が脇役といった漫画は多数存在するでしょう。漫画に限らず、今の社会の中にはまだまだ到る所にジェンダーバイアスが存在すると思います。
 

社会的に認められるためには

 投稿者:07ks1057  投稿日:2008年 7月17日(木)00時33分34秒
返信・引用
  ジェンダーバイアスについては、もはや世界中が動き始めています。ある記事にはこう書かれていました。「国連の潘事務総長は3月の国際女性の日に、ジェンダー関連の特別予算編成を行う国が増えており、既に50カ国を超える国々がジェンダー・バジェティングを導入していると語った。」(IPS Japan, 2008)正式名称、ジェンダー・センシティブ・バジェティング(Gender Sensitive Budgeting)とは、ジェンダーの主流化およびジェンダー平等を推進する予算編成の在り方ということです。しかし、いくつかの国はこうした導入にも関わらず、具体的にはどう行動すればよいのかという実際的な行動を伴っていません。今、この運動を起こしている女性団体およびNGO、女性国民委員会は、国連に更なる具体的な方策とジェンダー・パジェリング支持の強いメッセージを発信することを求めています。
日本でもジェンダー・バジェティングを行っているが、それでもまだ問題点が山ほどあります。まずひとつめに、国内ではさまざまなメディアの影響もあり「性同一性障害」という言葉がよく耳にするようになりましたが、まさにその性同一性障害者が抱える問題についてです。性同一障害とは、簡単にいえば体と心のジェンダーが不一致でバランスがとれない病気です。
下の画像に笑顔で写っている二児の母、水野敦子さん(45)は、一目見ただけでは普通の「女性」に見えるでしょう。しかし彼女は、戸籍上が男性の「女性」、つまり性同一障害者なのです。外見は女性ですが戸籍上が「男性」という理由により、次男の所属する少年野球のコーチに「男なら監督やコーチをしろ」などとなじられ、また勤務先では男性として雇用された当時の業務を変更しないまま、女性の制服を貸与され女性として扱われています。外見だけであれば性転換手術(性別適応手術)を受けることにより、見た目だけ「女性」になることはできます。しかし彼女が本当に社会から「女性」として認められるためには、手術を受けるだけでは足りないのです。
彼女が抱えている問題は、戸籍上の性別が変更できないということです。原因は日本国の定める「性同一性障害者性別特例法」という法律で、内容は次の通りです。「戸籍の性別を変更できる条件として、▽20歳以上である▽性転換手術(性別適合手術)を受けている▽未婚で子供がいない▽2人以上の専門医師の診断を受けている――ことなどを挙げている。」水野さんは、この法律の「未婚で子供がいない」という要件を満たしていないのです。
結婚後に性同一性障害が発症した水野さんは、パートナーと話し合いの結果、子供を引き取り「母」として生活することを決めました。しかしこの法律は、母親あるいは父親が二人存在するという混乱を避けるためにこの要件を設けていたため、水野さんは二度の性別変更を却下されています。
この要件に対する批判や反発は多く、「子が存在するという事実はいまさら変更不可能」「当然当事者より子の方が長生きするのだから、当事者の戸籍変更は事実上永久に不可能になる」「現実に、戸籍の性別変更が可能なレベルまで治療が進んだ当事者は、実際には子も親を『現在の性別』で認識している場合が殆どなので、『子供の混乱』はあり得ない」などという意見も出ていました。
水野さんは2006年の1月から「子供がいないこと」という要件の削除を求める活動を行っており、また前述の指摘を受けた結果、2008年になってからこの要件は「現に未成年の子がいないこと」に緩和されました。
身体的に完全な男または女どちらかに属する人間だけを社会が受け入れる、中途半端な人間は認めないという思想に基づく考えは、インターセックス(半陰陽)者の人権問題とも関連します。そもそもこの問題を解決するために立法化したこと自体が問題だと、医師や法学者たちの間で批判もあります。また、水野さんらが削除の活動を行っていた「子供がいないこと」という要件は極めて差別的で、日本以外で性同一性障害の研究が進んでいる各国でこのような要件はありません。その他の要件についても批判や問題視する人々は少なくなく、要件の緩和を求める活動を行っている人々も存在します。これからの残された過大としては、私たち自身が自発的に、また凝り固まった偏見を持たずに、「社会に不適合だ」と一言で切り捨てられてゆく人々の現状を知り、彼らを受け入れる社会や環境を自ら作っていくべきだと思いました。

【引用・参考文献】
JanJanNews (2008年4月24日) 「人権:後回しにされる女性の問題」
http://www.news.janjan.jp/world/0804/0804235569/1.php
JanJanNews (2008年5月23日) 「カナダ:女性団体、ジェンダーを考慮した予算編成確率を目指す」
 http://www.news.janjan.jp/world/0805/0805227604/1.php
性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律第三条第二項に規定する医師の診断書の記載事項を定める省令(平成十六年五月十八日厚生労働省令第九十九号)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H16/H16F19001000099.html

http://chubu.yomiuri.co.jp/tokushu/saizensen/saizensen060409_1.htm

 

(無題)

 投稿者:08ks1221中山創平  投稿日:2008年 7月16日(水)18時46分24秒
返信・引用
  ジェンダーバイアスについて

 近年、小学校では男子も女子も多様な色のランドセルを背負っている。黒、赤だけではなく、白、黄色、金、銀など実に多種多様である。昔は黒、女は赤のランドセルを背負うのが一般的だった。なぜ最近になってこのような多くの色のランドセルが作られるようになったのであろうか。

 そもそも、なぜ男は黒、女は赤のランドセルを背負うのが一般的だったのだろうか。元々、男の色といえば黒、女の色と言えば赤という既成的概念があったのだ。連想する色と言えば、男は体つきがしっかりしていて気性の荒荒しいイメージがあるので黒、女は弱く、おしとやかなイメージがあるから暖色の赤、という考え方である。これは、“ジェンダーバイアス”と呼ばれる考え方だ。男は強い、女は弱い、という偏見の産物なのだ。この考え方はよくない、という意見から、近年そのバイアスを取り除く傾向が強まっており、様々な方面に影響を与えている。例えば、ランドセルに始まり、“男は泣いてはいけない”、“女はおしとやかにしなければならない”などの考えを排除することである。世の中、いろいろなひとがいるのだから、男で気の弱い人、女で気の強い、おてんばな人だっているのだ。男は強い、女は弱いの一言で押さえつけられがちである。弱いと決めつけられ、邪険に扱われたり、セクシュアル・ハラスメントを受けたり、就職がしにくかったりする。このような社会が住みやすい社会だといえるだろうか。女性が社会進出しやすい社会をつくるためにもジェンダーバイアスは取り除くべきである。
 今、昔からの女性解放運動、女性差別撤廃運動が進んできたとはいえ、まだまだ女性差別はいたるところに残っている。女性差別を表すテレビドラマでは、小学生の女の子が黒のランドセルを背負って学校に行き、男の子に馬鹿にされるというシーンがあった。特に子供は大人の影響をうけやすいので、大人が差別ばかりしているとまねしてしまう。まずは、大人たちが規制的概念を捨て、偏見をなくすことが先決なのである。ジェンダーを無くせと言っているわけではない。男女の違いによる偏見をなくすことが差別をなくす鍵になるのだ。
 

ジェンダーバイアス

 投稿者:08ks1264  投稿日:2008年 7月16日(水)14時25分43秒
返信・引用
  今回の課題で私が選んだ写真は、サントリーの発泡酒「金麦」の広告で、中央に写っている女性は宝塚出身の女優、壇れいさんである。サントリーの売り上げは、通年4位と言われていたが、今年度は金麦をはじめとした発泡酒の売り上げの上昇により3位に。特にこの金麦のCMの影響力は、少なからずあったと思われる。そのCMについてもあとで論じるつもりだが、まずは写真のほうを見ていこうと思う。
まず写真は二通りの広告を写しているが、左側は唇を尖らせ、少々上を向きのまま、横向きからこちらを見ている。右側の広告は同じく唇を尖らせ、真ん丸な目をして若干の上目づかいでこちらを見ている。この両者に共通する、唇を尖らせる行為は、女性としての魅力を十分に発揮していて、消費者のターゲットを、特に男性に向けたものであることが容易に読み取れる。実際この広告を見て世の男性が最初に気がいくのは、彼女の唇ではないだろうか。ではこの唇を強調する行為は何を意味するのか。
おそらく、唇を強調し男性を誘っている様子を見せることにより「いつでも二つ返事であなたの思い通りになりますよ」というアピールをし、「ついでにこの商品も買って行ってね」といったようなものだろうか。いずれにせよ、彼女の魅力により男性の目を惹きつけ、商品に興味を持たせるように仕向けているのは確かである。
次に、この商品のCMについてだが、CMのなかで彼女は「金麦冷やして待ってるからー!」と遠くのほうに呼びかけるように叫んでいる。では、待っているというのは、どこで、誰を待っているのだろうか?これはおそらく、背景にある家で男性の帰りを待っている、ということだろう。ここに、古典的なジェンダーへの偏見を読み取ることができる。家で男性の帰りを待つ女性。これこそまさしく、男性は外で仕事を、女性は家事をという偏見を象徴するものだ。
仕事で疲れて帰った家に、きれいな女性とおいしいビールが待っているという状況は、男性にとってこの上なく幸せなものだと思われるが、そんな単純な構図の中に、ジェンダーに対する古典的な偏見が見え隠れしている。
 

女は男の所有物?

 投稿者:08ks1180メール  投稿日:2008年 7月16日(水)12時07分45秒
返信・引用
  この写真は、男性の育毛剤の広告写真である。商品のターゲット層は恐らく成人男性だろう。したがって、広告も男性側の視点で作られたものと考えられる。
まず、手前でビリヤードの球を狙っている男性がいる。広告の商品の都合上、男の頭髪はもちろんフサフサだ。後ろには、男性を見つめる女性がいる。カメラアイは男の目線と同じ高さである。男性がこの広告を見たら、男の方を同一化して、女のほうは対象化して見るはずだ。つまり、「髪がハゲていなくて男前で、いい女を連れている男」に自分を投影して見るのである。
女の特徴はというと、まさに上野千鶴子の『セクシーギャルの大冒険』で紹介される、女が発信しうる性的なメッセージの寄せ集めである。小首をかしげ、細い腕をわざわざ交差させて反対側の肩に触れる「服従・防衛のポーズ」で、女の色っぽさやか弱さがアピールされているのである。
広告には、必ずキャッチコピーがつく。商品の特徴だけでなく、広告の世界観を受け手に伝える、広告にとって大事なパートだ。この広告のキャッチコピーが実に興味深い。

『欲しいものをどう手に入れるかで、男のこれからがみえる。』

この場合、広告に登場する男が手に入れたがっていると思われるものは3つある。一つ目はビリヤードの成功(狙ったポケットに球を入れること)、二つ目はかっこよさ(豊かな頭髪)。そして三つ目は、後ろに立っている女だと考えて間違いないだろう。その証拠に、この広告のweb版では、以下のようなキャッチコピーが足されているのである。

 『狙った獲物をどう捕らえるか、男の器量が試される。』

要するに、この広告の言わんとしていることは「ハゲにならずに、いつまでもフサフサの頭髪のかっこいい男でいよう、狙った女をモノにするために」ということなのだ。後ろで性的メッセージを発する女は、そのようなかっこよさを目指す男が「モノにしたい」と思う対象の代表にすぎない。
広告の世界には、現代社会が濃く反映されるという。これからは、女だけが美を目指すのではなく男も「かっこいい」、要するに性的魅力がないと女を振り向かせられないという新しい時代の風潮。そして、女は男にとって「獲物」、つまり自分がうまく手中に収めて愛玩する所有物として認識されているというジェンダーバイアス。この二つが、この広告に内在されたメッセージであると言えよう。
 

ジェンダーバイアス

 投稿者:08ks1131  投稿日:2008年 7月16日(水)02時08分48秒
返信・引用
  ジェンダーバイアスというものは様々な広告の中に盛り込まれている。例えば下の写真には大いにそれが含まれているだろう。下の写真は、ストリートジャックという男性ファッション誌の表紙である。写真の女性は相武紗季である。何故男性ファッション誌に女性の表紙を使うのか、それはもちろん女性をそこに載せる事によって男性のその雑誌への興味をひくためである。ここにはジェンダーバイアスがあると思う。男性向けのファッション誌ではあるが、そこに必ずしも男性が載るとは限らない。むしろ最近、この手の雑誌には女性アイドルの写真がよく使われるが、そこにはそれぞれ会社によってポーズ、目線、表情、ファッションなどの意図があるに違いない。例えば下の写真の女性を見てみると、しゃがんでいて上目遣いをうかべていて表情は少し引きつっているように見える。これは『セクシーギャルの大冒険』にも載ってる通り、このポーズではかがんだ状態で上目遣いをすることによって、それを見た男性に彼女が自分より下の位置にいて、いかにも自分に性的なメッセージを送っているように見せてる。この写真では、女性は特に露出をしているわけではないが、ポーズや目線、表情だけで、受け手に恭順のメッセージを与えてくれる。そのメッセージをあえて予想してみると『私じゃ物足りないの?』となった。女性は服従されている男性に何か不満があったのか、少し悩ましげな表情を表している、と考える。その女性のポーズや表情には男性であれば誰でも悩殺してしまうであろう。そしてその女性目当てで手にとる男性もでてきて、多くの男性がその雑誌に興味を持ち始める。さらに、その雑誌を購入した男性の中で、その女性を求めるあまり、女性を支配した気分になってしまう者も出てくるだろう。会社はそれを狙ってこの表紙のデザイン、女性のポーズ、服装などを考慮したのだと思う。もし、この雑誌の表紙が女性でなかったならその雑誌に対しての評価はまた違ってきただろう。したがってジェンダーバイアスがこの世界にある限り雑誌の売れ行きもより変わっていき、女性のあの挑発的なポーズもなくなる事はなく、男女の微妙な関係は続いていくであろう。
 

ジェンダーバイアス

 投稿者:08KS1079  投稿日:2008年 7月16日(水)01時42分4秒
返信・引用
  この画像はロート製薬が、オキシーという名のブランドのラインから発売しているシャンプーの広告である。この写真に写っている二人は、『セクシーギャルの大冒険』に出てきた2つの異なる"男性らしさ"を表現している。一人は口を閉じて歯を見せずクールで知的な男らしさを醸しているのに対し、もう一人は大きく口を開けてまるで歯を見せつけるかのような表情を浮かべている。ここには、威嚇や攻撃を感じさせるとまではいかないが、少なからず男性の野性的(野蛮)な側面が表れているだろう。「女性より男性のほうが野性的である」という考えは必ずしも事実ではないが、多くの人々の中にはそういった固定観念があり、この写真の中の口を開いたほうの男性がまさにそのイメージと一致するため、とても男らしいと感じるのではないだろうか。またその豪快なイメージゆえに爽快感までも感じ、どこかすっきりとするような印象を持つ人も少なくはないだろう。この広告はそのような心理効果を狙って作られたものであると思う。
 また表情だけでなく二人の位置関係においてもジェンダーバイアスが表れている。たとえばこの写真の二人の上下の位置を逆にしてみたとする。後ろの男性が低い位置から前の人の頭をシャンプーしていたとしたらそれだけでもだいぶ印象が変わってしまうだろう。この変化は商品への直接的なイメージには大した影響はないと思うが、二人の関係性へのイメージには大きく影響するだろう。元の写真では、おそらく多くの人が無意識のうちに後ろの男性のほうが前の男性よりも優位だとかすごいなどといった思い込みをしてしまうのではないだろうか。しかし位置を逆にすることによりそんなイメージはあっさりとなくなってしまうはずだ。
 このように、ほとんどすべての広告には表情やポーズ・位置関係などに無言のメッセージ、つまり視覚的に私たちに訴えかける効果が備わっており、実はそこには様々なジェンダーバイアスが表れているのである。
 

レンタル掲示板
/34