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「星と泉」第2号・同人雑誌評

 投稿者:よこい  投稿日:2009年 7月10日(金)20時24分28秒
  発行は、2月28日でしたが、今日になって、「星と泉」第2号が拙宅に届きました。

「星と泉」第2号「同人雑誌評」木井昭一氏筆
「水」辻景(「翻」4号/神戸市)、「八月のドライブ」得能愛子(「文学岩見沢」78号/岩見沢市)、「或る思い」神田一秀(「KAIGA」№80/大阪市)、「バックライトに浮かぶ君の横顔は」津坂格(「椽」10号/札幌市)、「戸隠神代絵巻二」脇谷実千子(「方圓」24号/亀山市)、「同人雑誌は終わらない」清水信(「火涼」59号/鈴鹿市)、「一瞬の青空」小川禾人(「なんじゃもんじゃ」白露号/富里市)、「剃刀」丹木九平(「雫」2号/多気郡)、「くたばれ忠臣蔵」逆井三三、「編集後記」(以上「季刊 遠近」35号/練馬区)、「赤穂浪士・高野の仇討ち」堂本育司(「八月の群れ」vol.50/明石市)、「伊藤整(7)」森脇善明(「AMAZON」№433/尼崎市)、「クローズド マインド」長沼宏之(「弦」84号/名古屋市)、「炎の妖精」築島祥子(「カム」vol.3/桜井市)、「嘲り」池添しおり、「いくばくかの青春」中西徳太郎(以上「鉄道林」48号/札幌市)
 

受贈御礼など

 投稿者:ひわき  投稿日:2009年 7月 3日(金)16時25分46秒
  「河床」(福岡県八女郡)30号を戴き、ありがとうございます。当HPの紹介内容を更新しました。会員の方7名の作品が並んでいます。掲載作品のひとつ「投稿癖」(山本友美作)について、「編集後記」(福永筆)で触れられています。作品の内容は「文学賞に賭ける熱い思いで一貫されている」そうです。掲載か否か、どう読むかなど例会で話し合われた内容が記されています。ここを読んだだけでも、なんだかすごそうです。まずは、私も作品を読んでみます。

『青狐の賦 火野葦平の天国と地獄』暮安翠著(九州文学社2009.0701)をありがとうございます。「第七期 九州文学」の1〜3号に連載された作品をこの度まとめられたものです。火野葦平と交流があり、かつて石炭景気で湧いた北九州若松を知る作者ならではの視点が興味深いです。添付の表紙は「玉井組」の半纏を羽織った火野葦平です。巻末の人名索引もいいですね。

納富さんのご意見に同感です。こういう時代の残り香のようなものが、九州にはまだ少しある気がします。森艶子さんや久間一秋をはじめ、当時を経験された方から直にお話を聞く機会があります。このような機会は貴重です。形は違っても、私たちもエネルギーを凝縮までいかなくても集合させたいですね。

http://www.geocities.jp/hiwaki1/doujin/douindexF.htm

 

西日本新聞コラム

 投稿者:納富  投稿日:2009年 7月 3日(金)09時28分44秒
  今朝の西日本新聞のコラム「風車」に「文学の先達の面影」という題で、下記のようなことが書いてありました。

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梅雨の半ば、15年前に物故した作家・北川晃二さんをしのぶ「南風忌」の席上で、森艶子さんの短いスピーチを聞いた。北川さんは戦後いちはやく福岡から全国に発信する文芸雑誌「午前」を創刊、地域に文学活動に貢献した人だ。北川さんより後輩の森さんは、上京して文芸誌「文芸首都」に参加し、芥川賞を受賞した(「モッキングバードのいる町」1979年)。「北川さんは物腰の柔らかい人だったが芯は強そうだった」という趣旨の森さんの話を聞きながら、東京の「文芸首都」と福岡の「午前」という二つの代表的な同人誌が文学活動を支え続けた軌跡が思い出された。
「文芸首都」の断面が「現実と文学」(44号、福岡市)所載の 久間一秋「文学彷徨」に描かれている。同誌には全国に2千人の会員がいて福岡支部に山下郁夫、黒田達也、崎村久邦などが参加していたという。主宰の保高徳蔵の家は絶えまない同人の出入りで「通り抜け自由の公道のようであった」そうだ。
久間さんは森艶子さんと在京時代が重なる時期もあったようだが言及されていない。森さんも別のところで「文芸首都」時代をなつかしく語っている。
共通点は「午前」の北川、「文芸首都」の保高両氏の後進育成の熱意である。残念ながら今はどの地方の話を聞いても、そのような大らかで、かつ厳しい文学の先達の存在が見あたらない。これも一個の文学状況だろうか。 (牛若丸)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
こういう、エネルギーが凝縮していた時代もあったのですね。羨ましく思います。
久間一秋さんの作品は、「デジタル文学館」に入っています。「続・駅前茶屋日録」のなかに、貧しかった当時の東京の片鱗が窺える秀作「借間」があります。
久間さんが「文芸首都」に通っていたころ、間近にみた話だそうです。
 

同人雑誌評

 投稿者:ひわき  投稿日:2009年 7月 1日(水)12時43分59秒
  「毎日新聞」西日本地域版2009年06月22日朝刊「ことばの森から」小説編<4〜6月>松下博文氏筆
タイトル「『喪』のある風景」
藤山伸子「第百四十二興安丸」(「飃」80号)、間弘志「父に会いに山へ行く」(「原色派」63号)
天谷千香子「雲のベッド」(「季刊午前」40号)、宮原敏博「新・関の尾物語」(「龍舌蘭」176号)
切り抜きを送って下さった立石さん、ありがとうございます。

http://www.geocities.jp/hiwaki1/doujin/douindexF.htm

 

同人雑誌評

 投稿者:ひわき  投稿日:2009年 6月30日(火)14時39分0秒
  「週刊 読書人」第2792号(2009年6月19日付)「文芸同人誌評」白川正芳氏筆
野口存弥「太宰治と菊田義孝」(「群系」27号)、江橋瑞枝「父・十八年ぶりのクラス会・エキストラ・財布・息子」(「窓」26号)、藤澤茂弘「名古屋のどえりゃー男 山田才吉物語」(「じゅん文学」59号)、森谷篁一郎「『自分の本領』に飛び移れない」(「米子文学」55号)、山中光一「言葉を考える」(「青稲」82号)
上坂高生『ベレー帽の行方』(武蔵野書房)収録の短篇「過日」などをまとめた「蕗の薹」(「碑」92号)
田中きわ子「旅人 海へ放つ(尾崎放哉)」(「ハマ文芸」40号)、「みちくさ」2号より「特集 鴎外と藤村」、清水信講演「満点の星の下」(「北斗」5月号)、永久ひさ子「読書会記録海辺のカフカ」(「ふくやま文学」21号)
コピーを送って下った馬の骨さん、ありがとうございます。

http://www.geocities.jp/hiwaki1/doujin/douindexF.htm

 

同人雑誌評

 投稿者:ひわき  投稿日:2009年 6月30日(火)08時46分46秒
  「西日本新聞」6月30日朝刊「西日本文学展望」長野秀樹氏筆
題「戦う男たち」
古屋陸夫さん「鯛供養」(第七期「九州文学」6号、福岡県中間市)、山口碧さん「田舎教師」(「詩と真実」720号、熊本市)
「九州文学」より、たぢからこんさん「蟋蟀」、椎窓猛さん「気まぐれ九州文学館(六)」、高尾稔さんと黒木淳吉さんの追悼小特集
「西日本文化」439号(福岡市)は「『生誕一〇〇年作家』を読み返す」として、松本清張と太宰治を取り上げ、昭和21年に「文学展望」(福岡市)に掲載された太宰「十五年間」を復刻。

kitaohiさん、3作とも丁寧に読んでいただきありがとうございます。文章表現についてのご指摘、なるほどと思いました。3人のうちで桑村さんひとり年が離れて若いです。私たちふたりの文章表現より足が地に着いた感じがします。世代によって新鮮さを感じる表現に違いがあるのかな、など考えました。「小説・書くひと=読むひと・ネット」http://euripides.sakura.ne.jp/kakuyomu/に保存させてもらいます。

http://www.geocities.jp/hiwaki1/doujin/douindexF.htm

 

胡壷・KOKO8号を読んで(3)

 投稿者:kitaohi  投稿日:2009年 6月29日(月)22時39分17秒
編集済
  また、書きます。作者が素晴らしい書き手であることは承知した上で、ちょっとばかり厳しい感想を書かせていただきました。お許しください。素材もいいのですが、私には、もう少し強く訴えるものが欲しいように思いました。ちょっと厳しくなりましたがお許しください。

松林の径(桑村勝士、)胡壷・KOKO(第8号 2009.6.15)

 私(石村和彦、農水省のキャリアの技官)、妻(兄の教え子で剣道の指導も兄から受け、体育大に進学し、現在も実業団チームに所属、年齢は私より一回り下)、内田(農水省の直属の部下、年齢は5歳下、仕事を実質的に仕切っている)、兄(私立高校剣道部の監督、4年前の45歳のときに胃を3分の2切除し、今回再入院)、母(私が公務員試験に合格したのを喜ぶ標準的人間)の5人が登場人物の作品である。羽田発の飛行機で私が兄を見舞いに行くところから翌々日以前に行ったことがある海に釣りに行き、背負った妻が私に子供が出来たことを伝えるまでの話だ。ストーリーの仕立てから見ると一応整っている。

 しかし、何故か細部に不満が残る。技官で入省したのに行政の仕事をしていることに不満を持っているようだが、行政官になった以上、技官でも事務官でも行政の仕事をするのは当然ではないか。むしろ、本省の中での技官と事務官の確執のようなものに触れてほしかった。更に、この作品の中に技官の匂いが全く感じられないのが残念である。法案を作る過程では技官と事務官の役割分担がある筈だ。

 また、出張の多い本省のキャリアが、飛行機に乗る度に飛行機事故のことを考えるだろうか。次に、最近は以前と違ってガン患者に対して告知は普通になっていて、見舞いに行った場合、病状を話題にするのが一般的で、話題にしないほうが不自然なように思う。なお、何故か釣りの部分は詳しくリァリティがある。が、これはこれでいいのかもしれない。

 全体的なことではあるが、文章に凝りすぎているように思う。そのために訴えたいこと、書きたいことが読者に伝わってこないのではないか。例を挙げよう。「壁がみしみし鳴いて震えている」(45頁)、「・・散在する雲の端切れを透かして・・光の群れを捉えた」、「電灯に雨粒が銀の糸を引いている」(50頁)、「・・繊維の奥に隠っている生家のかすかな匂い・・」「・・温もりが水が浸み上がるように身体へ還流・・」(54頁)、「風勢に敗れて傾ぐ旗竿の束」(56頁)、「不可逆の変化は確実に訪れる」(60頁)などである。作者はこのような表現が好きなのだろうが、今では読者にあまり好まれないのではないか。
 

有り難うございます

 投稿者:納富  投稿日:2009年 6月28日(日)14時26分7秒
  kitaohiさん、感想をいただきまして有り難うございます。
今回は「感情をなるべく排除して起こったことを書き連ねる」という書き方ですので、皆様の感想もさまざまです。
今までのに比べると物足りない、という感想も戴きました。
自分で楽しみながらいろんな書き方をしてみたい、と思っています。
お経を聴いていますと、この世は「空」である、と言っています。でも、生きている人間たちはみなちょっと愚かなこともし、いじらしく一生懸命で、切なく可愛らしい。そういう人間たちを書けたらな、と思います。
kitaohiさんにいみじくも看破された、と勝手に思いましたが、これは私が20年前に実際に経験した話をもとに書きました。

euripidesさん、「小説・書く人=読む人・ネット」にご感想を戴きまして、とても嬉しく思っています。
拙い作品を丁寧に読んでくださって感謝いたします。
おっしゃるように、このような怪しい会社って世間に驚くほど多いんですよね〜。
しかし、怪しい会社であっても、「一生懸命に働こう」としている、単純無垢な人たち(妻子の為に何が何でも働かねばならない男たちなど)がいました。
そういう人たちを、できたら書いてみたいです。
 

受贈御礼

 投稿者:ひわき  投稿日:2009年 6月28日(日)09時31分17秒
  「白鴉HAKUA」(京都府八幡市)第24号をいただき、ありがとうございます。今号は小説7編を掲載。6月26日付「小説・書くひと=読むひと・ネット」http://euripides.sakura.ne.jp/kakuyomu/に美月麻希作「揺れるワンピース」について投稿があります。編集後記に「今回の作品は、以前勤めていた現場で起きた出来事を題材にしている。」と書かれています。起こったのがおよそ8年前。2年ほど前に書きかけられて今回、完成されたものです。

kitaohiさん、感想をありがとうございます。(1)に続けて、「小説・書くひと=読むひと・ネット」に転載させてもらいました。

http://www.geocities.jp/hiwaki1/doujin/douindexF.htm

 

胡壷・KOKO8号を読んで(2)

 投稿者:kitaohi  投稿日:2009年 6月27日(土)22時47分49秒
編集済
  胡壷・KOKO第8号の感想の続きです。また、「である調」で書きます。自分のPCにはワードで書いて保存しており、それを載せていますから、どうしてもこのようになってしまいます。お許しください。

パートタイム(納富泰子、胡壷・KOKO(第8号 2009.6.15))

新聞広告に載った「パート秘書募集」に応募し、面接を受け、合格し、辞めるまでの1カ月ほどの小説である。日にちを記録的に追い、事務所という古びたマンションの1室から見たこと、そこで感じたことなど読みやすく纏められている。

社長は古美術商というが、事務所兼住居のマンションには古美術品関係のものは何もない。妻を3か月前になくしたといい、私の机は、奥さんが使っていた鏡台だ。この鏡台は誰も使う人がいない筈なのだが、抽斗の中にある化粧品は時々使った気配が感じられる。

マンションのベランダから見える木造モルタル塗りのアパートからは、毎日老婆の「オムツ替えてくださぁい」という声が聞こえ、この声が延々と続くと、「うるさいっ」というお爺さんの声がする。終りの方で橋本スミオという、義足の21歳の男が登場する。スミオは社長に救われたらしい。

全体を通じて素性のわからない人物、情景、マンションンの所在地など謎めいた書き方で、読者を惹きつけている。最後は、マンションも登場人物もすべてが消えてしまい、なぞ解きは読者が想像する仕組みだ。それはそれで成功しているかもしれない。

私たち生きていく過程で、あまり深入りはしないが、記憶に残る付き合いはたくさんある。しかし、こういった付き合いはすべてこの作品に書かれたようなうたかたの世界なのだと言いたかったのであれば、私は理解できる。この作品を読み、私自身、記憶が残るような年齢になってから今まで何十年も生き、その中で見たいろいろの人はその後どうなったんだろうかと、フッと考えてしまった。

この作品は、私なりに読み、感じたが、作者は違う意図をもって書いたかもしれない。それはそれでいいと思う。小説って、ホントにいいもんだと思った。
 

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