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西日本新聞コラム

 投稿者:納富  投稿日:2009年 7月 3日(金)09時28分44秒
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  今朝の西日本新聞のコラム「風車」に「文学の先達の面影」という題で、下記のようなことが書いてありました。

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梅雨の半ば、15年前に物故した作家・北川晃二さんをしのぶ「南風忌」の席上で、森艶子さんの短いスピーチを聞いた。北川さんは戦後いちはやく福岡から全国に発信する文芸雑誌「午前」を創刊、地域に文学活動に貢献した人だ。北川さんより後輩の森さんは、上京して文芸誌「文芸首都」に参加し、芥川賞を受賞した(「モッキングバードのいる町」1979年)。「北川さんは物腰の柔らかい人だったが芯は強そうだった」という趣旨の森さんの話を聞きながら、東京の「文芸首都」と福岡の「午前」という二つの代表的な同人誌が文学活動を支え続けた軌跡が思い出された。
「文芸首都」の断面が「現実と文学」(44号、福岡市)所載の 久間一秋「文学彷徨」に描かれている。同誌には全国に2千人の会員がいて福岡支部に山下郁夫、黒田達也、崎村久邦などが参加していたという。主宰の保高徳蔵の家は絶えまない同人の出入りで「通り抜け自由の公道のようであった」そうだ。
久間さんは森艶子さんと在京時代が重なる時期もあったようだが言及されていない。森さんも別のところで「文芸首都」時代をなつかしく語っている。
共通点は「午前」の北川、「文芸首都」の保高両氏の後進育成の熱意である。残念ながら今はどの地方の話を聞いても、そのような大らかで、かつ厳しい文学の先達の存在が見あたらない。これも一個の文学状況だろうか。 (牛若丸)

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こういう、エネルギーが凝縮していた時代もあったのですね。羨ましく思います。
久間一秋さんの作品は、「デジタル文学館」に入っています。「続・駅前茶屋日録」のなかに、貧しかった当時の東京の片鱗が窺える秀作「借間」があります。
久間さんが「文芸首都」に通っていたころ、間近にみた話だそうです。
 
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