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また、書きます。作者が素晴らしい書き手であることは承知した上で、ちょっとばかり厳しい感想を書かせていただきました。お許しください。素材もいいのですが、私には、もう少し強く訴えるものが欲しいように思いました。ちょっと厳しくなりましたがお許しください。
松林の径(桑村勝士、)胡壷・KOKO(第8号 2009.6.15)
私(石村和彦、農水省のキャリアの技官)、妻(兄の教え子で剣道の指導も兄から受け、体育大に進学し、現在も実業団チームに所属、年齢は私より一回り下)、内田(農水省の直属の部下、年齢は5歳下、仕事を実質的に仕切っている)、兄(私立高校剣道部の監督、4年前の45歳のときに胃を3分の2切除し、今回再入院)、母(私が公務員試験に合格したのを喜ぶ標準的人間)の5人が登場人物の作品である。羽田発の飛行機で私が兄を見舞いに行くところから翌々日以前に行ったことがある海に釣りに行き、背負った妻が私に子供が出来たことを伝えるまでの話だ。ストーリーの仕立てから見ると一応整っている。
しかし、何故か細部に不満が残る。技官で入省したのに行政の仕事をしていることに不満を持っているようだが、行政官になった以上、技官でも事務官でも行政の仕事をするのは当然ではないか。むしろ、本省の中での技官と事務官の確執のようなものに触れてほしかった。更に、この作品の中に技官の匂いが全く感じられないのが残念である。法案を作る過程では技官と事務官の役割分担がある筈だ。
また、出張の多い本省のキャリアが、飛行機に乗る度に飛行機事故のことを考えるだろうか。次に、最近は以前と違ってガン患者に対して告知は普通になっていて、見舞いに行った場合、病状を話題にするのが一般的で、話題にしないほうが不自然なように思う。なお、何故か釣りの部分は詳しくリァリティがある。が、これはこれでいいのかもしれない。
全体的なことではあるが、文章に凝りすぎているように思う。そのために訴えたいこと、書きたいことが読者に伝わってこないのではないか。例を挙げよう。「壁がみしみし鳴いて震えている」(45頁)、「・・散在する雲の端切れを透かして・・光の群れを捉えた」、「電灯に雨粒が銀の糸を引いている」(50頁)、「・・繊維の奥に隠っている生家のかすかな匂い・・」「・・温もりが水が浸み上がるように身体へ還流・・」(54頁)、「風勢に敗れて傾ぐ旗竿の束」(56頁)、「不可逆の変化は確実に訪れる」(60頁)などである。作者はこのような表現が好きなのだろうが、今では読者にあまり好まれないのではないか。
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