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(無題)
投稿者:
梅田 聡一郎
投稿日:2005年 9月 8日(木)17時50分42秒
気持ち悪いね島田って。あいつね、汚いんだよ。通り一遍の、その、(気持ち悪くなんないと出来ない努力)とか、しなかったんだよ。要はね、『そこそこ』なんだよ。あの子は。諦めな。理解なんて求めんな。君が芸大に行きたいのなら、尚更。
自己紹介文
投稿者:
梅田 聡一郎
投稿日:2005年 9月 6日(火)16時47分52秒
初めまして。私、梅田 聡一郎と申します。
夢は、「二科会員と、東京芸術大学公開講座を受講し続ける人」です。
どうぞ宜しく!!!!!!!!
wikipedia使用者から
投稿者:
梅田聡一郎
投稿日:2005年 8月31日(水)12時53分11秒
美術解剖学(artistic anatomy)についての述解 梅田 聡一郎
美術には、人物画が存在し、どの様な分野の絵画においても、その象徴性、人間同士の相互理解における人物の登場意義はとても重要な役割を担い、今日の絵画空間の中においても使用頻度の高い図像といえます。 その人物画の完成度、内部構造把握、ともすれば鑑賞者に「こうありたい」という影響を与うにいたるこの人物の正確な表現には社会的にも重要な役割と義務性があると感じます。人間が人間に影響を持たす図像である以上、その人物は、健康的であり、かつ美的でなくてはいけません。究極的には、その影響下にさらされただけで、その人間が正しき行いを心の中で歓迎するにいたるくらいのものであるのなら、もう逆に歓迎は免れないくらいであると感じます。 somatology(生体学)、surface anatomy(体表解剖学)も絡むものであるのなら、健康や、体内構造の生活における円満にも成り得、最上のものであると感じます。 健康と自分について考えさせられる、とても自然なものであるほうが、良いと思われます。そのような人と人の生活の「円満」の助長の為の絵画を描く、医学知識として美術解剖学があると感じます。人間がこういう感情を持つ、こういうシチュエーションに出会うとこういう心の変化をきたす、などの感情起伏や心理学との関連性や、自身の心を大事にするという意義においての絵画が、明日の空間を作るに至ると感じます。行動学的側面から見た人間の感情の起伏、安閑の法則などを示唆する絵画の条件も、健康学に精通する事で守られ、美術を知る事で、健康的側面に繋がってゆくという効果も期待できます。 速筋と遅筋の関係性についてや、赤色筋肉、白色筋肉との関連性、心の動きと体、筋肉の動きとの関連性、連鎖反応との関連性、病理さえ明かす美術解剖生理の心、絵画理解が身体理解に繋がるという関連性、医術解釈美術介在における、処置前の「観察眼における美術健康学的事前の事前処置とアドバイス」も可能と思われる。 大腿四頭筋、腹直筋、外腹斜筋、腸内転筋、大胸筋、広背筋、三角筋、上腕三頭筋、上腕二頭筋、胸鎖乳突筋、僧帽筋、 外反母趾内転筋、外反母趾外転筋、筋肉の作動、心臓、膵臓、脾臓、肝臓、腎臓、大腸、小腸、総ての内臓の相互理解、心臓がポンプであり、毛細血管に血を流し体内の連動のエネルギーと化し、血を循環、取り替える。血液には成分が内在し、体の傷を治し、病魔を克服する力が存在する。その体内含有量によっても、体表も違い、描かれる人間の色自体が変化する。意味。肝心なのは、意味であり、その意味性を支えるのが、解剖学と医学の介在になる。 骨格においての問題や、恥骨、頭蓋骨、鎖骨、背骨、肋骨、指骨、手根骨、眼窩、背骨の数は12本存在するという事を知りえているのとそうでないのでは違うとか、体のどこの部分をどこの骨が支えているかという自覚に基づいて本人同士が生き、その事から来る悩みを共有しあう事の重要性。 体内理解によって、自身の体に対する理解を持つと同時に、自己自覚によって、自身を思う様生き生きと動かすことができる。 自己理解にも、他者理解にも繋がりうる。人間が、人間の可能性を最大限に生かし、具体的に自身を変える事さえできる。高度な才能が成すとてもとても抽象的な心と体の悩みさえも、体の具体的な悩みとして還元できる。
例)気韻生動と、心理学selfdynamizm(セルフダイナミズム)について
「中国六画法は主格「気韻生動」(生き生きと動く、気韻、気迫を感じる絵を描く、美術の行いとしての動きを取る)という言葉がある。これがひいては心理学用語selfdynamizm(自己律動)(自身の体を生き生きと、体調管理という自己規律を持って動く)という、心理健康的動きを示唆する事と同じくするのではないかという事。気と韻律を感じる神秘性、生動という、生き生きとした動きとダイナミックさ、そして、生体の生き生きとした動きの事をも示唆するという意義を、気韻生動を、selfdynamizmと並べ比較し、同義点を見出す事で拡張させてみました。自己の生活を生体学的側面から見て円満にしつつも、その神秘性と生動(生き生きとした生活、美術としての躍動)たるや、才気あふれる。これが本物の気韻生動であるという感想です。改めて、その深みを感じてしまいました。」
このように、美術解剖学には、美術家や美術家が描く対象の生活を円満たらしむ学識可能性も特化価値として存在します。描くにおいては画家に健康的知識を与え、鑑賞者にも人間生活の規範たる象徴を影響として与え、動くにおいては自己の管理や、生活の円満、心の隅々を知りえ、自由に立ち回る事を救う学術ににもなるという深みも存在します。
"
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E%E8%A1%93%E8%A7%A3%E5%89%96%E5%AD%A6
" より作成
(無題)
投稿者:
梅田 聡一郎
投稿日:2005年 8月31日(水)09時55分0秒
油彩技術についての述解 (梅田 聡一郎)
絵画技術には様々な用法、筆運び、技術が存在し、バリエーションに富む。
impasto(インパスト) 上層厚塗り
imprimatula(インプリマトゥーラ)有色下地
esquisee(エスキース) 構想下絵
camaieu(カマイュ) 有色下地上単色画
ebouche(エボッシュ) 薄塗り下絵
glasis (グラッシ) 薄塗り重層画
scumbling(スカンブリング) 上層仕上げ平塗り(技術)
veratula(ベラトゥ−ラ) 上層仕上げ平塗り (表現)
alla prima (アラ プリマ)直接描き
1esquisee(エスキース) 下絵を構想
2ebouche (エボッシュ) 構想した下絵に基づき、薄塗りで下絵を描く
3glasis (グラッシ) 薄塗りで、下絵を少しずつ立ち上げていく。
4scumbling(スカンブリング)平塗りで、大きな面とその階調、色調を少しづつ立ち上げる
velatula (ベラトゥーラ) 時に、その平塗りのタッチに表現を求む。
5おつゆ描き~細密描写 細部を厳密に立ち上げたり、油分の多い薄塗で、細部表現を行ったりもする。
この行程の中で、どんな途中と完成を求むかは自由になる。しかし、基本的に大事なのは、「徹底」。唐突に、経験の満たないアラプリマとか抽象(中傷画)画に逃げず、技術による、段階的な再現につとむ事が基本。
等、沢山の技術に支えられて、油彩の技術的向上は望める。道具の機能も、この技術達との関連を鑑みると、使用方法を実感として掴む事が出来る。実のある指導者達は、これらが実に染み、これらに基づいた技術指導をするが故、多少しか絵を描いた事のない相手にさえ、実感を与え、向上させる事ができる。
下絵構想技術について(esquisee)
下絵構想能力とは、思いのほか難しく、手記、補記的な問題や、描くことのほかに、次に展開したときに対する能力として「図る」(geometry)、「記述する」(graphein)という能力が存在します。その能力とは、次の行程に対する可能性を広げる意味としてのクロッキーを構想する構想構成能力(einbuildungskraft)が良く生かされます。可能性を広げる構想と、そこに完成度を求める為の図る、描き込む、前後感を持たす、という行為をつくる。絵画を描き、人を癒す心においては、(buildlesthureibung)形象記述能力も大事になってくるという事です。 例え形象そのものでなくっても構図において位置関係の少しのズレとか、描き込みの差異によっても意味性はとても違ってくる。写実、模写においても、形象意識のあるエスキースを描く事が重要になる。 エスキースは、∞である。技術と料金の関係性の重圧を感じずに想像を羽ばたかす事ができる。たとえ本人の作風がそれを実行するに至らなくても、その技術を持つ人間がその構想における絵画を制作に至るから。
※シニフィアンワード(勘違いするなかれ!!) だからと言って、他人に想像力豊かなエスキースを描かせ、嘘を吹いて死なせ、遠まわしにクロッキーを手渡して良いわけでは全然無い。傾聴せよ。悪用をするなかれという事を。美しき心の行いと描いて美術という事を。 梅田 聡一郎
"
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B9%E5%BD%A9
" より作成
二科会ご招待への感謝状
投稿者:
梅田 聡一郎
投稿日:2005年 8月28日(日)09時21分8秒
この程、映えある二科会に関わらせていただいている、梅田聡一郎と申します。色々と障害もございますが、自身の力で壊してゆこうと存じます。
軽視される旧式公募団体で、誇りと心を持って頑張らせて頂きたいと存知ます。平和の象徴たる絵画制作に努める次第です。
sinifian word
(無題)
投稿者:
梅田 聡一郎
投稿日:2005年 8月17日(水)09時43分19秒
アクリルガッシュには、適応できる技術が多く、その理由というのも、公共建築物に対する壁画用の強力な描画材の需要から開発されたという事から生まれた不透明水彩という事で、技術に対する老朽化も少ない。固着が水分蒸発と同時という事でとても早く、酸化重合と違ってとてもスムースに描画〜完成にいたる事で、平面構成など、デザイン系の受験に専ら用いられる。強度があり、支持体を選択するなら、ライトモデリングペースト等の下地剤を利用して、とても重厚な支持面を作成するにもいたる。また、固着した時の表面のひび割れの多いポスターカラーと、強度に恵まれたアクリルガッシュは、下地剤を用いた場合には明らかに別の描画剤と言える。絵画の描画剤は不透明水彩と透明水彩に分かれるが、その事で絵の具の質感まで割り振ってしまう括りは、今日では存在しない。 セラミックスタッコや、ライトモデリングペーストなどの、軽質で腰の強い下地剤を利用するのならば、油彩と肉薄する厚塗りも可能になる。只、化学物質としての風合いが強く、そして速乾剤であり、アクリルガッシュとして通じる素材も、全体を通してポップで軽質な感覚があり、厚塗りしたマチエールに、油彩の様な、「重厚な風合い」というのは期待できないかもしれない。荘重さと重厚さと雰囲気なら油彩のテクスチャ、ポップさと、明快さと、明るさならアクリルガッシュのテクスチャという感覚も、互いの媒質で構成された絵画同士を比べてみると分かります。 しかし、油彩にある重厚さというのは、物質の質感から来ているので、その荘重さをアクリル樹脂にはもとめる事は不可能である。 アクリルは、さまざまな性質の樹脂を用いている事で知られ、下地剤においてさえ、その、球体樹脂や、合成樹脂、アクリル樹脂の配合によって形成されている。 本人の技量を見せる、観点の通常性を見せたいのなら、あまり媒質差を一つの絵画に設けない方が良いのだが、その一方で、「バリエーションあり、デッサン力あり」の絵画を見せたいのなら、媒質差の特性を逆に利用しつつ、さまざまな技術を見せるのが肝心になる。
しかし、技術というのはあくまで、通りいっぺんのものに過ぎないので、身につける義務は介在すれども、「自分何様である」というものの個性も必要不可欠になる。態度さえ良ければ、自分らしくっても構わないように、「技術」というハードルを乗り超えるのなら、自分らしい絵を描いたとしても問題ない。
下地剤について 遅延剤のスロードライ、セラミックスタッコ、マットバーニッシュ等の漆喰系、レジンサンド、ナチュラルサンド等の球体樹脂系、ジェッソ等の総合下地剤、モデリングペースト、ライトモデリングペーストなどの塑形用下地剤、メディウム、ジェルメディウム、マットメディウムなどの軟質系下地剤と、同じものでも特に支持面に求める「層の質」というものがあって、凹凸面の質にどういった塑形を求めるかが重要になる。その上で支持面に対する技術の重層も鑑みて、製作の途中で差し障りの出てこないものを最初の状態にて選ぶ。邪魔をしないのはきほんとして、技術の中にどれだけの成功を期待するか。直接の描写で描かいても表現できるものに、下地剤というワンクッションを挟むことによって期待できる効果というものを最初にイメージしておくのが重要になる。技術には技術の特異性が存在し、その事には必ずの相乗効果がなくっては、いけない。技術と技術があるんでなくって、その技術と技術によって絵が良くなってないと、意味がない。なので、下地剤を扱う時点で、絵の作りが決定していないといけない。技術とは特色にあり、美術とは、その相乗効果を最初の時点で見抜きつつ描く事になる。よって、下地剤の個性が強いほど、完成予定も強固でなくてはいけない
祖形画基本理論
投稿者:
梅田 聡一郎
投稿日:2005年 7月12日(火)13時24分19秒
世界観と数字に裏づけられた図像学による形象黄金率をつくる。そして、双曲線空間と、3次元空間、二次元空間を同時保有する状態を、黄金率交差線を同時保有した立体物で空間を構成、空間内の物質を、現実に在り得ないつくりで描き、人物を生体学(somatology),美術解剖学(artistic anatomy),に基づいた上での象徴性保有人物画を描き、配置する。その上で、全体が、慈祖。恐怖でなく、真実を含有した慈愛。象徴形成物体として、高らかに屹立する事。静謐で残酷な細密絵画と同等のリアリティーを保有しつつも、主象形としてある物質と世界が、慈祖構成物体である事。
「総ての学術が極点まで保有された、
祖形象徴である事。」
芸術態度(kunstverehalten)媚びる暇があったら描く。自身を疑う
投稿者:
梅田 聡一郎
投稿日:2005年 6月30日(木)10時27分8秒
kunstverhalten(芸術態度)とは、各々が各々に厳しく、自分に対して厳しく接し、その中で自分に対して考え、思考し、研鑽する。
そして、その中で他人に優しく接す。それが基本。他人ばかり見回すような態度でなく、人間としてそういう風に当たる。それが本道。本当のkunstverhalten(芸術態度)になる。思考の為の思考にあらず。自分の為の思考。それがkunstverhalten.
本の優位点
投稿者:
梅田 聡一郎
投稿日:2005年 6月29日(水)10時28分34秒
本の学問には謎が多い。人間が個人でする事には必ず学識が必要で、その裏には本による知識が存在する。論述、オリジナリティー溢れる論述も結局は本を読まねば成り立たない。技術が絵画を生む。その技術は、本による知識にある。本は、しるしになる。起こった出来事を記述し、次に橋渡しするバトンタッチになる。その本には、正確に物事を伝える方法と、もう一つ本によって伝えたい事を心を込めて伝えるという方法がある。
例えば、分かりにくい本も、技術にある難しい方法。絵本や、切り絵本を描いたり、挿絵を挟んだりするだけで、開き戸の絵本を入れたりするだけで、「分かり易くなると同時に感動まで与えてしまう。」という事になる。技術は知識を支え、心は感動を支える。そういう本の素晴らしさが存在すると思う。
「伝移模写+本」論
一方で、もう一つ注目する所がある。絵画と比べたときの、「鑑賞距離」。鑑賞距離が絵画に比べて、本は抜群に近い。
「動物に襲われる」
「ボールが飛んでくる」
何のシチュエーションにしても、心が具体的に動いてしまうのは、
「心を動かす対象が実際の人間の体にもっとも近い場合なのだ。」
よって、本にも同様の事が言える。100号レベルの大作絵画程の迫力は望めないにしても、やはり体に近いのだ。
「わが子を遠くで見つめるより、抱いたほうが感動する」
と、いう事だと感じいった。
「絵画を倒す本」論
kunstverhalten(芸術態度)の論文
投稿者:
梅田 聡一郎
投稿日:2005年 6月28日(火)13時50分47秒
芸術態度(kunstverhalten)とは、美術を行う中で、自分がどんな人間との関わりを重視するのか、どういった行動や態度が重要に成りうるのかを判断したり取り決めたりする手段や行動の内実といった意味合いなのでしょうか。芸術にはとても重要な技術と同時に、決まり事、様々なルールがあります。自分勝手な芸術品等が認められるのは、私的な空間のみであり、後の公的空間には、どんなに一見してめちゃくちゃな作品でも、TPOを意識した作品が設置されるのが本来のルールであり、そのルールは、美術の中での自由な現代美術館でも今の時代にも息づいています。確かな知識、態度として(kunstverhalten)が息づいていて、製作態度、作品態度、説明態度、観覧態度、干渉態度、鑑賞態度、様々な分野に、具体的技術として今も根強く息づいています。
技術を扱う上では適材適所に技術が鏤められないといけない、絵画を出す時は額装が必要とか、一定の企画において展覧会が設営されるとか、様々な技術や美術におけるkunstverhalten(芸術態度)が必要になります。
しかし、相手の態度を変な一言によってわざと持ち崩させる、集団生活のうえで出来てしまった、誤ったkunstverhaltenの応用も存在します。
今日それが闊歩し、今も変に息づいている。これが嘆かわしい事実です。
real kunstverhalten (正しい芸術態度)を再び復興させましょう。
以上は、新着順41番目から50番目までの記事です。
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